25年前のこと。新しい音楽革命がイギリスのクラブを席巻し始めていた。深遠なサブ・ベース、跳ねるようなTR-909のビート、まばらにちりばめられた電子音のメロディーが特徴であったこれらの楽曲には、それまで出ていたレコードとは一線を画した斬新さがあった。祖先であるデトロイト・テクノやエレクトロと同じく、この新しいサウンドは未来に目を向けたものだった。この未来像は、しかしながら、不安に溢れたものだ。それは、マーガレット・サッチャー率いる保守党が約束した、限界のない繁栄とはほど遠い、ヨークシャーの元工業地帯の中心地に住む10〜20代の若者たちの視点から描かれた、脱工業化社会の悲観的な景色であった。

1989年の秋には、Forgemastersの"Track With No Name"、Unique 3の"The Theme"、そしてNightmares On Waxの"Dextrous"といった楽曲がクラブ、違法レイヴ、海賊ラジオ番組などを独占しており、いつしかこのサウンドは「ヨークシャー・ブリープ＆ベース」、「ヨークシャー・ベース」、あるいは単純に、「ブリープ」といった名前で呼ばれるようになっていた。

そしてその後に起きたことは、イギリスにおけるダンス・ミュージックの基本構造の歴史的な変革とほぼ言える。それまでにイギリス産のハウスやテクノは存在していたが、いくつかの例外を除き、それらの大半はアメリカのヒット曲の出来の悪い模倣作であった。だがブリープ＆ベースは違った。新鮮で、ミステリアスで、明確なイギリスらしさがあった。ブリープにインスピレーションを受けたアーティストたちは同時期に急激な生産性を見せ、LFO、Nightmares On Wax、Unique 3といったアーティストはこぞってチャートにランクインするヒットを生み出した。ところが1991年が終わる頃には、このスタイルは衰退し、より高速で過激なダンス・ミュージックが主流になっていた。

だがブリープは死んでいない。ダブステップのまばらなリズムや重厚なベースであれ、グライムの簡素なアレンジメントであれ、Paul WoolfordのSpecial Request名義などで見受けられる、押し寄せるような圧力であれ、25年経った現在も、イギリスで起こったベース革命の第一波の残響は未だ健在だ。

「あの時代、そしてあのときのプロデューサー達は、クラブ・ミュージックの真髄を体現していたと思うんだ」と、テクノ・プロデューサーのNeil Landstrummが言う。彼はこれまで幾度となくイギリスのブリープ・パイオニアたちへ敬意を表したレコードをTresor、Planet MuやPeacefrogから出してきた。「あの作品たちは永遠に色褪せない。どんな音楽サイクルやフェーズにいようが、現代的に聞こえるタイムレスな作品なんだ。例えば、UKダブステップの興隆期にも、ポスト・アシッドハウス／サマー・オブ・ラブ期にも、同時代のものと並べてみるとしっくりきた。UKにおける長年のジャマイカン・ダブへの愛情がそこには現れており、その上、ニューヨーク、デトロイト、シカゴの最高作のエッセンスが注入されていた。そうやってイギリス人プロデューサーやDJたちは、北イングランドの良質なレイヴやクラブで特に良く鳴るような、隙間の豊富で無調なサウンドを産み落としたんだ」

Neil Landstrumm

ブリープを愛してやまないのは、Landstrummだけではない。25年が経過したにもかかわらず、ブリープは未だ多くのアーティストに影響を与え続けている。「これはピュアで原始的な方法で蒸留された、新しくてSFチックな音楽だった」とOptimoのJD Twitchは言う。彼のレーベルは最近Luca LozanoやCrooked Manのベース・ヘヴィーでブリープの影響が色濃い作品をリリースしたばかりだ。「もう25年も経ってるのに、未だに未来的に聞こえる。飾り気のない音楽なのに、どこか空間的にも聞こえるんだ」

ブリープ以降のシェフィールドで10代を過ごしたLuca Lozanoも同調する。「特にRobert Gordonが手がけた作品のクオリティがとても高いんだ」と彼は言う。「こういったレコードをスタジオで聴くと、パノラマ的で3Dに聞こえる。あの時代の曲の多くは、今聴くと古臭く聞こえるが、ブリープ系のトラックは今でも鮮度が失われていないものが多いんだ。Rob Gordonが成し遂げた三次元空間デザインは信じられないほど素晴らしい」

短い期間ではあったものの、この時期はイギリスにおけるダンス・ミュージックの発展にとても重要であり、この時期がなぜこれまで深く掘り下げられてこなかったのか、疑問が拭えない。ブリティッシュ・ハードコアや、それ以降のジャングルやUKガラージといった発展はこれまで様々な形で記録されてきたが、ブリープは見落とされがちだ。"LFO"、"Aftermath"、"Testone"などといった有名曲は広く知られているが、この時代の他の重要な曲に関してはあまり語られてこなかった。

Bass Wave

ブリープは短期間で爆発的に人気を博した現象であったが、このサウンドそのものは一晩で出来たものではない。ブリープの物語は、1980年代初頭から中期までのブレイクダンス・シーンにて幕を開ける。北イングランドの各地、特にヨークシャーには、ヒップホップやエレクトロ、そしてブレイクダンスに夢中な、のちにDJやプロデューサーとして活躍することになる若者たちがいた。ブラッドフォードのSolar City Rockers（Unique 3やNightmares On Waxのメンバーが所属）や、シェフィールドのSteel City Breakers、Smack 19など、どの主要都市にもブレイクダンス・クルーがあった。

ブラッドフォードのBoy Wonderや、リーズのE.A.S.E、シェフィールドのWinston Hazelなど、これらのブレイカーたちの中にはすでにDJとして活動する者達もいた。このシーンはとても狭く、大会に出演するため（不思議なことに、Yorkshire TVなどがテレビで大会を放送していた）他の街へと出張すると、仲間、あるいはライバルが増えた。

「正直、俺たちは皆過去に一回は、お互いが大嫌いだった時期があるんだ」とNightmares On WaxのE.A.S.E (George Evelyn)が言う。「皆若かったし、我が強かった。遊び場の子供達のようさ。縄張り争いだ。シェフィールドで俺とケヴィン[Boy Wonder]がプレイしたとしたら、俺たちは誰か他の奴らの縄張りでプレイしているというわけだ。俺たちも、相手もそれは解っていた。そうやって他の街でプレイするときは、明確な意志を持って挑んでいた」

のちにLFOを結成することになるGez Varleyと故Mark Bellも、ブレイクダンスとベース・ヘヴィーなドラムマシン・エレクトロという共通の趣味で仲良くなった2人だ。「最初に出会ったのは、1984年のとある日曜の午後、リーズのMerrionショッピングセンターだった」とVarleyは言う。「お互い別の地域出身で、それぞれ敵対しているグループに所属していた。そのあと、1988年に写真／グラフィック・デザインの授業でまた会ったんだ。ブリープのシーンで仲間になった他の奴らと同じように、俺も彼もエレクトロ、そしてその後ヒップホップ、それから初期のハウスを聴いて育った」

一通りブレイクダンス熱が収束すると、シーンに変化が訪れた。DJはそれぞれの街のクラブでレジデンシーを確保するようになった。Unique 3とMark Iration (当時はItal Rockers Soundsystemを主宰)はブラッドフォードのCheckpointにレギュラーで出演し、Nightmares On WaxはリーズのRicky’sでDownbeatというパーティーを毎週開催した。同市のクラブWarehouseも、その後重要な役割を果たすこととなる。

シェフィールドでは、Winston Hazelがシーンの最先端にいた。彼はMaximillions (そしてそのすぐ後にKiki's)とMona Lisa'sでレジデントを務め、影響力のあった人気パーティー、Jive TurkeyにてDJ Parrotと共にDJをした。さらに、ヨークシャーではオールデイ・イベントのシーンも盛んであり、北部のあちこちからダンサーやDJたちが集まった。

「オールデイはリーズ、マンチェスター、ブラッドフォード、ハダースフィールド、シェフィールド、ノッティンガムで月一で行われていて、北イングランドやそれよりも遠い所からDJが一同集結するんだ」とEvelynが言う。「このイベントに行けば、海外からの輸入レコードとか、高すぎて買えないようなレコードが聴けた。新しい音楽が聴けたし、クルー同士のバトルが勃発した」

DJたちは生半可な気持ちで活動していなかった。ライバルを出し抜くために、彼らはよく土曜日に他の街のレコードショップへ行き、最新のUS盤を確保するなどしていた。「毎週土曜日、俺は電車でEastern BlocとSpinning Discに行き、レコードを買っていたね」Mark Irationが思い出す。「それが土曜日の儀式だった。そして日曜日にはCheckpointでそのレコードをかけるんだ。Nightmares On WaxのKevinは毎回Checkpointのパーティーに来て、俺の回すレコードの回転するラベルを見つめていたよ」

この競争心、そしてレコードショップ・カルチャーはとても重要な点である。「奥が深かったね」とUnique 3のEdzyが言う。「誰かに車で連れて行ってもらい、よくハダースフィールドのFourth Wave、マンチェスターのSpinning Disc、シェフィールドのFON Recordsに通っていた」

FONは中でも特に重要だ。元々はインダストリアル・ファンク・グループChakkが設立したFON Studioのレコードショップであったが、その後、ブリープ革命の中でキーマンとなったRob MitchellとSteve Beckettが運営者となった。MitchellとBeckettはダンス・ミュージックが勢いを増していることを早くから察知し、輸入盤のバイヤーとしてWinston Hazelを雇った。他のヨークシャーのアンダーグラウンドDJ達と同様に、Hazelはその頃浸透し始めていたハウスやテクノ・サウンドに心躍っていた。そして他のDJと同じく、彼もヒップホップ、80sソウル、エレクトロファンク、ダブ、レゲエなどごちゃ混ぜのプレイをしていた。この多様なサウンドの融合が、のちにブリープ＆ベース作品のファンキーな柔軟性を下から支えることとなる。

「色々な音楽の一番良い作品をとにかくかけたんだ」と、HazelのDJパートナーを務めたDJ Parrotが言った。「1985年にDJを始めたとき、俺は古いものも新しいものもプレイしていたが、Winstonはどちらかというと最新のものばかりだった。当時のオーディエンスは今とは全然違っていて、客の人種がはっきり分かれていた。だが時が経つにつれ、Jive TurkeyやOccasionsといったパーティーで人種も混ざっていった」

当時、ヨークシャーのシーンは、Parrotが「本物のダンサー」と呼ぶ10代〜20代のダンサーが中心となっており、クラブでムーヴを披露していた。こういったダンサーたちは親の世代が好んだ音楽に対して嫌悪感を抱く傾向があり、USから届くフレッシュなサウンドを求めた。1988年には、それはハウスを意味した。「ハウスはエレクトロとか色々な音楽の延長線上にあった新しいダンス・ミュージックだった」とParrotが言う。「“今新しいのはこれだ。だからこれが好きなんだ”っていう感じで皆好んだ」

シカゴハウスはブリープ・パイオニアたちに多大な影響を及ぼしたが、彼らがこぞってスタジオにこもり出したきっかけを作ったのは、シカゴのプロデューサーではなくマンチェスターの元ブレイクダンサーの1人が制作した楽曲であった。A Guy Called Geraldの"Voodoo Ray"である。「あのレコードを聴いて衝撃を受けたよ」とBoy Wonderは言う。「あのレコードにインスパイアされたんだ。その後、俺たちの周りの奴らがやっていることにもどんどんと影響を受けた」。だからだろう、1989年の夏にリリースされた"Dextrous"のオリジナル・バージョンには、"Voodoo Ray"の声ネタがサンプリングされていた。

最初に手札を見せたのはUnique 3であった。1988年の半ばごろ、3人組のうちの2人（Ian Parkとマイク・マンのPatrick Cargill）は学校の友人David Baharと共に、ブラッドフォードのとあるテラスハウスの屋根裏に集まった。そして小さなサンプリング・キーボードとRoland TR-909ドラムマシン、マイク、そして4トラック・カセットレコーダーを用いて、彼らはブリープ＆ベース・サウンドを定義づける作品となる「The Theme」の土台を築きあげた。

「俺はロウなベースが大好きで、とにかく奇妙でダーティーなベース・サウンドを常に探していたんだ」とBaharは言う。「あるとき、スタジオで制作していて、家を基盤ごと揺さぶる低音域のフィードバックがスピーカーから発されたのを聴いたんだ。俺はテープデッキでそのフィードバックを録音して、キープしておいた。それを“The Theme”のベース音で使ったんだ」

26年経った現在、"The Theme"のオリジナル・バージョン、そして見落とされがちなA面の"Only The Beginning"の2曲は、未だ未来的に響く。躍動的なエレクトロ調のハウスビート、シンプルなブリープ・メロディー、デトロイト風コード、そして巨大なベースラインといった同曲の特徴が、その後に続くブリープ＆ベース・サウンドの青写真となった。

だが"The Theme"がそれまでのイギリスのテクノやハウス・レコードと明確な異彩を放っていた理由は、ダブ・ベースにあった。ダブの影響は、多文化地域で育った人の多いヨークシャーのDJやのちのブリープ・プロデューサーたちに共通したことであった。彼らの大半は若い頃からレゲエに慣れ親しんでいたか、リーズのチャペルタウンなどにある、深夜営業の違法ブルース・クラブなどでレゲエに浸ったのであった。

Edzy

「俺たちにとって、ベースが大きく鳴ってる曲は何も新しいことじゃなかった」とEdzyが言う。「日曜の夜に行っていたレゲエのクラブでは、大きなサウンドシステムで低音を楽しむのが当たり前だった。そういった環境にいて、レゲエ・トラックでベースが入ってきたときの興奮を体験していたから、そういったことを自分たちのトラックでやりたくなったんだ。自分たちが普段音楽を聴いて興奮するような要素をトラックに入れたんだ。主に白人の、ドラッグをとりまくるような人達にはこういったベース音が目立つ曲は聞き慣れないものだったかもしれないけど、ブラッドフォード、リーズやシェフィールドのインナーシティで育った人にとってみれば、なにも新しいことではなかったんだ」

"The Theme"のカセットをクラブでかけ、フロアが狂喜乱舞した様を目の当たりにしたEdzyは、この曲をリリースしなくてはいけないと感じた。彼はお金を集めて500枚のレコードをプレスし、イングランド北部の各レコードショップへ直接売りに行った（この同じ手段をのちにNightmares On Waxがとっている）。「バスや貸りた車で行ける範囲のところまで、全部行ったんだ」と彼は思い出す。「マンチェスターのSpinning Discに置いてもらえて、当時の人気レイヴDJだったStu Allanの手に渡った。彼がラジオで曲をかけてくれて、それがきっかけで火がついたんだ」

FON RecordsのWinston Hazelの手にも1枚渡った。「俺たちがやっていたことや、やろうとしていたことと合致したんだ」と彼は言う。「あれほどの良いものを、近所のプロデューサーが作ったと思うと凄かった。“俺が先にやるべきだった”と思ったのを覚えているよ」

「入荷したときのことを覚えている」とDJ Parrotが語る。「Winstonがかけていて、衝撃を受けた。ああいったものが世に出ると、どこに向かっているかは解らないものの、確実に前進していると実感できた」

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DJ Parrot [left] and Winston Hazel

Unique 3の革命的レコードが与えた影響は、近隣に留まらなかった。ノッティンガムでは、Mark Gambleという名のプロデューサーがインスピレーションを受けていた。UKハウスとしては初のチャートインを果たした、Krushの"House Arrest"というヒットをすでに飛ばしていたGambleだが、"The Theme"のサウンドに触発され、彼の中で新しいやる気が芽生えた。

「最初はロンドンのクラブで聴いたんだ」とGambleが言う。「未だにあのときの“ワオ”と驚いた気持ちを覚えているよ。ロンドンから戻ったあと、すぐに同じようなことをしたいと思った。あのサビとベースにヤラれたんだ。あれを聴いて、“これこそが未来だ”って感じた。あのシンプルさ、あの粗いサウンド。最高だった」。その後Gambleは友人Leroy CrawfordとRhythmatic名義で再浮上し、1990年と91年にアンダーグラウンド・ブリープ・ヒットを数枚出した。

89年の夏、Virgin Recordsのオフシュート、Ten Recordsと契約したUnique 3は "The Theme"のリミックス・バージョンを発売した。ヨークシャー・ブリープ＆ベースが商業的ポテンシャルを孕んでいることに業界が目を付けたのである。その間、他のDJたちはこの新しい方程式を用いて、独自の解釈の作品を作り出していた。89年の7月には、"Dextrous"のオリジナル・バージョンを収録したNightmares On Waxの「Let It Roll」が発売した。Mark Irationは、Ital Rockersとして初のレコードである、ダブ色の強いブリープ＆ベース・キラー、"Ital's Anthem"をリリースした。

こういった楽曲は、たいていハードウェアを用いて制作され、カセットに直接録音された。そしてこういったカセットを制作者は自身のパーティーでかけるか、The Warehouseなどの人気クラブでかけてもらい、地元のオーディエンスの反応で作品の質をテストするのであった。LFOの結成時のメンバーであり、The WarehouseのレジデントDJであったMartin Williamsはその一連の活動における重要人物であり、その後Crash Recordsのスタジオにて、リーズの多くのブリープ系アーティストの面倒を見るスタジオ・エンジニアとなった。

「DJ Martinが“Ital's Anthem”のカセットをWarehouseで最初にかけたときのことを覚えているよ」とIrationが言う。「俺はDJブースからダンスフロアを見下ろして客の反応を見ていた。素晴らしかったね。あとWinstonにカセットを渡して、シェフィールドのOccasionsでもかけてもらった。そうやって注目を集めるようになったんだ」

ブリープ入門編

どのブリープ作品から聴き始めればいいか解らない初心者のために、Matt Annissが10曲の重要ブリープ作を厳選

Unique 3 & The Mad Musician
"The Theme"
Chill, 1988

Man Machine featuring the Forgemasters
"Man Machine (Cyber-Subsonik)"
Outer Rhythm, 1989

Nightmares On Wax
"Aftermath"
Warp, 1990

LFO
"Mentok1"
Warp, 1990

Ital Rockers
"Ital's Anthem"
Bassic, 1990

Rhythmatic
"Take Me Back (Rob Gordon Edit 'With Extra Bass')"
Network, 1990

Cabaret Voltaire
"Easy Life (Jive Turkey Mix)"
Parlophone, 1990

Original Clique
"Hear Me Now"
Chill Records 1990

Ability II
"Pressure Dub"
Bassic, 1990

Sweet Exorcist
"Clonk"
Warp, 1991

このカセット文化は、ブリープ・シーンのアーティストの多くが抱いていた競争心と深く関わっていた。「クルー意識は凄く強かったんだ」とEvelynが話す。「ハダースフィールドやシェフィールドの誰かが新曲を投下したら、すぐに隣町のクルーの誰かがスタジオに入ってライバル・チューンを作っていたね」

シェフィールドでは、Hazelがすでにアンサー・トラックをこしらえていた。88年後半か89年前半ごろ、彼は学校の友人Robert Gordonの自宅のスタジオに行った。共通の知り合い、Sean Maherも含めた3人は一晩で、この時代を象徴する名曲となる、Forgemastersの"Track With No Name"を生み出した。Gordonはサウンドシステム・ビルダーであり、電子機器にも精通しており、シェフィールドのFON Studioのエンジニアとしても評判が良く、ブリープ・シーンの中で最も重要な存在となった男だが、彼がダンス・ミュージックのパイオニアになるとは誰もが予測していなかった。

「Robはレゲエ好きで、ハウスが大嫌いだったんだ」とHazelは言う。「全く興味を持っていなかった。Robertはテクノの造りとか、ミニマルな構造は気に入っていた。ダブに似ていると彼は思ったんだ。そういったものは彼の得意分野だったから、試しに手を出してみたんだ」

そして店頭に並んだ"Track With No Name"は、Gordonが設立を手伝ったレーベル、Warpからのリリースであった。FON Recordsを運営するRob MitchellとSteve Beckettは以前から自分たちのレーベルを立ち上げる夢を持っており、ヨークシャーから飛び出している新しいサウンドが丁度良いと感じた。彼らはNightmares On Waxと契約を交わし（そしてGordonとMaherに"Dextrous"をリミックスしてもらい）、その他にもSweet Exorcist (DJ ParrotとCabaret VoltaireのRichard H. Kirk)とLFOなど同地域のアクトにオファーをした。

ブリープ人気の爆発におけるWarp、そしてこの時代の大作の大半に関わったRobert Gordonが果たした役割は、これまで幾度となく語られてきたが、改めて振り返ると、このサウンドを普及させる上での彼らの貢献が多大であることに気づく。FON（すぐにWarpと改名された）の上の階のオフィスを拠点とした、MitchellとBeckettの新興レーベルは、同シーンの初期シングルの多くを発売しており、"Track With No Name"は2万枚、Nightmares On Waxの"Aftermath"は4万枚、そして売上数ではブリープ史上最高となる、LFOの"LFO"は10万枚以上の売上を記録した。

1990年の夏ごろには、ヨークシャーのベッドルームで築き上げられたサウンドが、ブリティッシュ・ダンス・ミュージックの主流となっていた。そしてWarpの成功を追う形で、このサウンドを独自に解釈した作品をリリースするレーベルが続々と現れた。RhythmaticやNexus 21 (のちにAltern8名義で成功を掴む)といったアクトが所属したバーミンガムのNetwork Recordsや、ワットフォードのChill Recordsなどが例に挙げられる。そしてリーズのレコードストア、Crashが出資したレーベルBassicはJuno (パワフルな"Soul Thunder")、Ital Rockers、Ability IIらの名曲を何作かリリースしている。

更に、このサウンドの影響力はニューヨークにまで到達し、Roger Sanchez (Ego Trip名義)、DJ Moneypenny (Chapter 1) 、Bobby Konders (Freedom Authority)らがヨークシャー・ブリープ色の強いベース・ヘヴィーな作品をリリースしている。そしてWarp/Network Recordsのジョイント・ツアーなどが開催され、Rhythmatic、LFO、Forgemasters、Nightmares On Waxらが熱狂的なレイヴァーたちの大群に向かってパフォーマンスを行った。

ところが1991年の夏になると、サウンドのトレンドに変化が見受けられた。ヨークシャーの独占状態に終焉が訪れ、ブレイクビーツやイタリアン・ハウス調のピアノ、そしてスピードアップしたヴォーカル・ネタを組み合わせた、より高速でヘヴィーなトラックに取って代われた。ブリープではなく、ハードコアがブリティッシュ・ダンス・ミュージックを前進させたのだ。そして今回は局地的ではなく、ヨークシャーのアーティストと同等にロンドンのプロデューサー（Shut Up & Danceを筆頭に）を始め、ノースウェスト、ミッドランド地域のプロデューサーたちも参加し、サウンドの進化に貢献していった。

「ラヴァーズ・ロックであれ、80年代のストリート・ソウルであれ、その後のブリープであれ、一旦似たサウンドのレコードが続出しスタイルが確立されると、“俺たちにもこれが出来るんだ。アメリカのレコードを真似しなくていいんだ”という自信に繋がる」とParrotが言う。「エクスタシーとレイヴの人気でダンス・ミュージックはとてもビッグになり、俺たちとは違うバックグラウンドを持つ若者も曲を作り始めた。彼らはダークでブリープ・ヘヴィーなトラックを聴いて、“どうやったらよりエキサイティングにできるだろうか？”と自問した。こうして彼らはもっと速くて、ノイジーで、中音域が強調されたトラックを作り出したんだ。良いことだったと思うよ。俺たちもすでに少し飽き始めていたんだ」

その後、様々な発展が続くが、最初に火がついたのはブリープであったことは間違いない。そしてその発火地点がロンドンではなく、脱工業化した北部の古びた地域であったことは、関わった人々が皆、誇りに思っていることだ。「あの時期の作品がああいったサウンドになったのは、作った人達の日常が反映されていたからだ」とParrotが言う。「それまでは、UKで作られたとはっきり解るダンス・ミュージックはあまりなかったんだ」

Hazelも同意見だ。「俺たちの経験がブリープ＆ベース・サウンドに現れていた。音楽的体験や、工業地帯の衰退、そして当時のシェフィールドの天候などね。俺たちが育った街の空気が音楽に埋め込まれていたから、俺たちは初めてちゃんと音楽を通して自己表現をすることができていたと思う。それは早い段階から気づいていたよ」

ブリープ＆ベースはシェフィールド内で生まれたものではない（ウェスト・ヨークシャーが発信地）が、この街との関わりは深い。これはWarpとRobert Gordonの貢献が大きい。そして、シェフィールドはデトロイトと類似する点も多い。それどころか、デトロイトのパイオニアの多くが、実はシェフィールドのCabaret Voltaire、The Future、BEF、Chakkといったバンドに影響を受けていた。であるがゆえ、ヨークシャーがイギリス人のリスナーのためにテクノを再解釈したのは、1970年代後半にシェフィールドで始まっていた、大西洋を越えた思いもよらない交流の集大成であったと言えるのだ。

ブリープにインスピレーションを受けた多くがそうであるように、Neil Landstrummは、近年の作品の中にブリープ黎明期の作品の面影が見えると感じる。「何年かに一度、現れるね」と彼は言う。「グライム、サブ・ロー、ダブステップ、ガラージ、スピード・ガラージ、新しいテクノのスタイル、新しいハウス…ブリープの魂は消えていないんだ。意図的であろうが、なかろうがね。例えばMore Fire Crewや、ダブステップ第一波のアーティストの多くがベースやブリープの存在を知っていたとは思わないが、確実に影響されていたんだ」