Chapter

01

In Residence

fabric, London

世界12カ所でのベスト・ダンスフロアーでの祝祭

2016年に始動したIn Residenceシリーズは、1年間を通して世界12カ所のベスト・クラブを巡りながら各地でそれぞれ1ヶ月間にわたってパーティを開催し、クラブカルチャーを讃えようという企画である。クラブという空間は、日々脈動するダンスミュージックにとっての心臓部といってよく、今年我々が巡る12カ所のクラブは各地のシーンを盛り上げつづけている重要なヴェニューである。週末が訪れるたびにクラブのドアは開き、その中ではわたしたちの愛する音楽がプレイされている。

各地のクラブへそれぞれ1ヶ月間にわたって滞在するにあたり、我々はそれに連動した特集記事を展開していく。さまざまなメディアを組み合わせながら、これらの象徴的なクラブの全貌を捉えていこうと思う。

簡潔に言って、fabricは史上最高のナイトクラブのひとつである。これだけ長いこと続き、多くのことを達成し、多くの人々に影響を与えてきたクラブは、これまでなかったとすら言い切れるかもしれない。その凄さは文字にすると顕著だ。週二回のウィークリー・パーティー。3つのフロア。キャパシティは1500人。17年間。そしてその背景には、揺るぎない信念で前に進み続ける、献身的な人々の努力があった。

fabricは8月に閉鎖させられており、法廷バトルを経て、イズリントン区議会の許可が下り、ようやく来年1月に再オープンすること決まった。この決定は、fabricの営業再開を求める人々の声がなければ、確実に実現しなかったことだろう。ここ数ヶ月に渡って多くの人々がfabricを救おうと立ち上がった。その理由はたくさんあるが、その根幹には、クラブ・カルチャーの最も重要な部分をfabricが象徴していたことに多くの人々が気づいた、という事実があったのだろう。

Dec 17 RA in Residence: fabric in collaboration with The Hydra, Studio Spaces E1, London feat. Jeff Mills, Craig Richards b2b Ben UFO, James Ruskin b2b Blawan, Head High, DJ Stingray, Ancient Methods (live), dBridge, SAOIRSE

Chapter

02

主要情報

fabricの概要

01
所在地
77A Charterhouse Street, London, UK
02
クラブ設立年
1999
03
サウンドシステム
Martin Audio, Pioneer
04
キャパシティ
1500
05
レジデントDJ
Craig Richards, Terry Francis
06
ミュージック・ポリシー
アンダーグラウンド・エレクトロニック・ミュージック

Chapter

03

歴史

ロンドンが誇る最高峰のクラブ

fabricは他のクラブとは違うなどと、わざわざ今さら言う必要もないだろう。ロンドンの夜の生態系において、このクラブはとてもユニークな存在であり、こういった箱にしては珍しいほどに世界的な認知度も高く、多くの人々に愛されている店であることは周知の通り。今年の閉店騒ぎがその事実を一層明確にしていた。しかし、fabricと他のクラブやイベントに類似点を見出すことができないかというと、そういう訳ではない。fabricのオフィスで、1月の開店に向けて準備を進めるスタッフと話をしていて感じたのは、そこには大手クラブ・ブランドを経営する会社のオフィスというよりは、グラスゴーのSlam/Pressureや、リーズのBack To Basicsなど、長年に渡ってUKクラブ・シーンの定番と化している人気パーティーを連想させる雰囲気がある、ということであった。

太い絆で結ばれたスタッフ陣は、仕事としてではなく趣味に没頭する気持ちでクラブ・カルチャーと向き合う。スタッフ同士の関係性であれ、スタッフとDJとの関係性であれ、fabricの運営方針を語るとき、多くの人が「ファミリー」という言葉を使う。fabricで働いて5年になるロジスティクス管理担当のKimi Otsukaは、「一緒に働くひとりひとりがとても好き。同僚と実際に時間を過ごしたいと思える環境なんて、初めてなんだよね。これまで働いた会社ではありえなかった」と語る。1999年以来スタッフとして在籍しているプロモーションとブッキング担当のJudy Griffithは、大真面目にこう言う。「私にパートナーがいない理由は、クラブが恋人だからだと思う」

fabricが存続危機と立ち向かうなかで、彼らは精神的、そして物質的なサポートを多くの人々から受け、そのことに対して彼らは心から感謝しているが、彼らにスポットライトが当たる状況になってしまったことには居心地の悪さを感じているのだという。同じくプロモーションとブッキング担当のAndy Blackettは「僕はいつだって裏方の人間だった」と言うが、それは皆同じ気持ちのようだ。彼や彼の同僚たちは、fabricが象徴していることに誇りを抱いているが、彼らがこれまで達成したことや、世界にどういった影響を与えたかといったことについてあまり多くを語ろうとせず、毎週末の運営に関してのみフォーカスしたがる。彼らはただ、これ以上邪魔されずに、またパーティーを開催できるようにしたいだけなのだ。

これは何らかの“メッセージ”であったり、クラブのイメージ戦略などではない。もちろん発言には気を使っていることは明らかであり、現在彼らが置かれている状況への不安や常に監視下にあるという自覚は誰しもが抱いているが、これが心からの本音であることは間違いない。彼らは身も心も疲れ果て、ボロボロなのだ。スタッフのなかには雇用状況が不明瞭であったり、すでに3ヶ月間無職だった人もいる。クラブの創立者Keith Reillyは後悔の念を隠さないが、これまで公の場で非難に耐えてきたことにうんざりしており、インタビューは当分こりごりだと言う。誇りに思っていることについて語るときでさえ疲れ切っている彼らの表情を見ていると、この献身的な姿勢は諸刃の剣でもあることが伝わってくる。たとえクラブで死亡者が出ていなくても、当局とのやりとりや、閉店騒ぎがなかったとしても、「クラブが恋人」という精神状態はとてつもなくハードなことなのだ。fabricのようなクラブを経営し続けるには、スタッフひとりひとりがナイト・カルチャーに並大抵ではない情熱を注がないと務まらない。

この物語は1999年よりもずっと昔に遡る。音楽オタクであったReillyは、運送会社で勤めていた経験から、使用されていない倉庫を簡単に見つけることができたため70年代後半からずっとイベントをオーガナイズしていた。しかしクラブを経営することに先に興味を示したのは、ビジネスマンな弟、Billyであった。キングス・クロスのBagleysの外で客が列を成しているのを見た彼は、隣のスペースを借りて1993年にクラブCanvasをオープン。もともとはクラブの前に行って一杯やるバーとして開店したが、深夜営業の許可を取得したあとは、盛り上がりがピークを迎えていた’90sクラブ・シーンの一部と化し、キラキラなシャツを着た男性やフワフワなブラをした女性、そしてスーパースターDJたちで店内が満たされるようになった。Keithも1993年以前からクラブを経営することを考えていたが、彼はどちらかというと音楽そのものに強い感心を持ち、ヴェニューを経営することの具体的な仕事内容についてはあまり理解していなかった。しかしフライヤー配りや宣伝業務などでBillyを手伝いながら仕事の流れを覚えた彼は、のちのfabricとなるクラブを開くため、スペースを探した。

最近ロンドンに初めて来た人なら驚くかもしれないが、90年代後半、Smithfield Market周辺のファリンドン・エリアは活気のない場所だった。そこにあったのは廃墟と化したビクトリア様式の倉庫や工場跡地ばかりであり、夜には観光客が足を踏み入れたがらない区域であった。しかし都心に近く利便性が高かったため、やがて開発業者や投資家たちが目をつけ、Smithsというステーキレストランをオープンするという計画が立ち上がった。このプロジェクトの投資家の精査を行っていたのがCameron Leslieという人物であり、あるとき、そのレストランの下の食肉保管室をクラブ・スペースの候補として検討していたKeith Reillyと出会った。

Leslieは「若いときからエレクトロニック・ミュージックのファンだった」という。そして90年代前半、ブライトンで接客業を勉強していた学生時代にはクラブ遊びをよくしていた。「The Zap、The Escape、海に面したクラブとか…。こじんまりとした独特なカルチャーのあるシーンで、すごく面白いと思ったよ」。しかしビジネスの道に進むことに真剣であった彼はクラブ業界に入ることを当時考えていなかった。彼が選んだのはホテル業界であり、五つ星レベルのホテルでの接客業の心得を習得した後、コンサル会社Deloitteに転職し、様々な規模の会社のコンサルタントを行った。その頃の彼には気がつきもしないことであったが、こうして彼が得ていた経験と知識は、ホテル業界やエンタメ産業のみならずクラブ業界でも同じく有効活用できるものであった。

こうして気分屋のReillyとしっかり者のLeslieが手を組みスタートしたビジネス・パートナーシップは、20年近く経った今でも変わらず機能している。「最初はすごく大変だったよ」とLeslieが明かす。「紆余曲折あったんだ、僕が参加するまでは。それからは比較的スムースになったけど、それでも大変だった」。当時、Reillyはクラブ・シーンにどっぷり浸かっており、クラブの運営の仕方に関して明確なビジョンを描いていた。それは、Canvasのようなクラブにあった華やかさとは程遠いものであった。Reillyは音、そしてダンスフロアを重要視したクラブにしたいと考えた。そしてCraig RichardsとTerry Francisという比較的アンダーグラウンドなDJをレジデントとして起用。その理由は、彼らの名前がフライヤーに載っていたら集客に有利になりそうだからではなく、彼らがロンドンのシーンを熟知していたからだ。そして、fabricはドラム＆ベースに傾倒するとReillyは決断した。当時すでにそのサウンドは流行っていなかったが、まだ根強いファンがいると彼は知っていたのだ。

オープン日が何度もずれ込んだり、クローク担当係が見つからないためLeslieの父親に頼んだり（結局彼は最初の3ヶ月間クロークを担当した）と、トラブルに見舞われたが、なんとかfabricのドアは開け放たれた。すると、すぐにドラッグディーラーたちがやってきてクラブを乗っ取ろうとした。Reilly兄弟には、ロンドンの闇社会で恐れられている一家と血縁の繋がりがあることは広く知られていることだが、Reillyは自分のせいでギャング抗争が起きるのを避けるため警察に協力してもらい、沈静化を行った。その過程で、Reillyの結婚が破綻し、気が狂う一歩手前まで行ってしまったそうだ。音楽に深い知識を持っていたReillyと、接客業の真髄を心得ていたLeslieだが、クラブを経営することについてはよくわかっていなかったのだと言えるかもしれない。しかし、混沌とした日々が続きながらも、しだいに使命感と、共有する価値観といったものが彼らの間で強固なものになっていった。

それは、初期から関わっていた他のメンバーたちにも言えることだ。Shaun Robertsは元々フライヤー・チームのひとりであったが、金曜のプログラム担当に移り、2015年までfabricの重要な運営チームの一員だった。#savefabric運動がスタートしてからは、ボランティア・スタッフとして関わっている。そして今でも運営陣の重要な存在であるJudy Griffithは、他の仕事をしている姿が想像できないほどに、その生き様がクラブ・ライフを体現する。彼女は自身のことを「DJ中毒者」と形容する。「DJグルーピーではなくてね。どのDJがどんなものを、どんな場所でプレイしているかを完全に把握しているジャンキー」だそうだ。fabricのフロアでDJたちを見守っているだけでなく、彼女は今でも週に2、3回はクラブに行き、DJたちをチェックしている。

Griffithはアシッド・ハウス教に改宗したひとりだ。80年代後半、すでにクラブ通いをしていた彼女は、銀行員という安定した職に就きながら、週末はクラブでノーザン・ソウルやインディー、レアグルーヴなどで踊る日々を過ごしていた。しかしアシッド・ハウスが登場すると、「社会に与えられるのを待たないで、自分で行動して実現させる」という考え方に影響される。そして数年レイヴ通いを経験したあと、退屈な銀行の仕事を辞め、彼女はイビサに働きに行った。勉強熱心だった彼女はクラブ・シーンに自身を捧げ、仕事をしたクラブでは重宝される人材となり、ロンドンに戻ってからはStrictly Rhythmなど重要なレーベルで求められるほどの人物になっていた。

1999年、彼女はfabricと同時期にロンドンにオープンしたクラブ、Homeで働き始めた。しかしそこでの仕事には満足できず、色々なクラブで遊びたいと思っていた彼女にとって、ひとつのクラブで働くのは足かせになるとすら感じていた。そして友人のNicky Smithにfabricを手伝って欲しいと言われたとき、彼女はアシスタントとして数ヶ月ほど手伝うつもりでfabricに移った。面接で、ReillyとLeslieに当時スーパースターDJであったJudge Julesをブッキングするとしたらどう思うか聞かれたとき、鼻で笑ったのだとGriffithは笑顔で思い出す。そのせいで面接は落ちたとその瞬間思った彼女だったが、2人と考えが一致していたことにその後気がついたそうだ。「彼らとすごく気が合ったのよね。それがとても新鮮だった。当時、なんでもスーパー、スーパー、スーパー、スーパーだった。スーパークラブ、スーパースターDJ、なんでもスーパーサイズ。特に、スーパーサイズのエゴの偉そうな人たち。でも2人は違ってて、私が求めていたのと同じ音楽を求めていた」

このクラブの方向性は定まっていた。ここは、ハイプにとらわれないアンダーグラウンド・ミュージックが好きな、幅広い音楽の趣味を持った人々が集う場所。フライヤーを飾るのはビッグ・アーティストの名やセクシーなギャルではなく、興味をそそるアートワーク。fabricはすぐに人気を博し、“スーパーサイズ”時代のバブルが破裂した2000年代のクラブ低迷期にも客足を保つことができていた。「しかし山あり谷ありだったよ」とLeslieは言う。「これまでを振り返った時に、“何もかも上手く行っているなぁ”なんて思うことはなかった。“これは上手くいったな”と思う瞬間はあったが、他のときには“もっと良い結果が出せなかっただろうか？”って思っていた。そうやって常に次に進んで、進化を続けてきたら、いつのまにか“あれ、もう17年？”ってなってたんだ」

経営者らしい厳しい視点かもしれないが、彼の言葉はこれまでのfabricのあり方を的確に表現している。fabricはいくつかの大きな転機を迎えてきた。例としては、2001年にミックスCDシリーズをスタートしたことや、2013年にレーベルHoundstoothを立ち上げたこと、姉妹クラブmatterをオープンしたこと（こちらは2010年に閉店しており、その際にはfabricも閉店に追い込まれそうになった）など。彼らは新しいことを始めるとき、毎回“とりあえずやってみよう”というスタンスでアプローチしていき、短期間で大幅に何かが変更されるというよりは、徐々に変化していくことが多かった。

fabric

Leslieはfabricの進化の仕方をこう説明する。「この会社は2つのブレイン（脳）によって成り立っている。片方は、軍隊のように任務を遂行するデリバリー・チーム。もう片方は、クリエイティブで独創的なブッキング／音楽担当チーム。この2つの脳に常に協力させようとするのは…ときには衝突することもあったよ」。大胆な決断で何かが大幅に変わる、ということは稀だったそうだ。例えば、徐々にサウンドシステムや照明が洗練されていったこと、金曜日の夜の帯としてFabricliveがスタートしたこと、ブレイクスやドラム＆ベース中心だったFabricliveが、ダーク・ガラージ（2001年からFWD>>を開催していた）、ダブステップ、グライムなど、ベース主体のロンドン・サウンドをどんどんと取り入れていったことなど。こういった変化は全て、試験的に行われてから、様子を見つつ導入されていったことだった。

fabricはまた、Dub Police、Rinse、Tectonic、Hyperdub、Butterzといったクルーを歓迎し、そのおかげで2007年のCaspa & Ruskoの『FabricLive 37』や、去年のLogan Samaの『FabricLive 83』など、重要なサブカルチャーの記録をミックスCDとして発表するにいたっているが、彼らはただ流行っているからという理由でジャンルに飛び乗るようなことは、してこなかった。Keith Reillyは2014年のViceのインタビューでこう語っている。「流行をキャッチしようとか、先取りしようとか考えてやったことはないよ。そして俺たちが好きではないアーティストをプッシュすることはしてこなかった。そんなことバカバカしいからな」。Leslieは、fabricの存続をかけて戦っていた際、そういった部分を特に主張していたと言う。「とても誇りに思っているところなんだ。fabricが若いシーンを育てたこと。そして、そういったシーンを利用するだけ利用して、用がなくなったら捨てる、とかじゃなくて、ちゃんとサポートし続けたことなどね」

そういった音楽的進歩を遂げていったfabricだが、その中核には、土曜日の夜にかかっていたハウスやテクノがあった。Terry FrancisとCraig Richardsはそれぞれ“テック・ハウス”と“プログレッシヴ・ハウス”という潮流の出身であるが、同クラブでプレイする長時間セットでの冒険や、Richardsがブッキングを手伝った新しい才能たちとの共演を通じて、彼らはそういったジャンルのカテゴライズが無意味になるほど、ヨーロッパ・アンダーグラウンドのより深遠な領域を探求してきた。また、2009年に10周年を記念して開催されたのを皮切りに、毎年開催されてきた24時間のアニバーサリー・イベントの変遷にも、fabricの成長が見えるとGriffithは語る。「初期の頃は、fabricが閉まったあとハシゴしたかったとしても開いてる店を見つけるのが大変だったのよね。丸一日開けるのをやりだした頃も、昼間は人の入りが少なかったのが悩みどころだった。でも今ならそういう遊び方に慣れてる人も増えて、他からハシゴして来る人たちも増えたし、昔よりもロンドンは眠らない街になったわ」

この、fabric周辺のクラブの充実は特筆すべきことだ。なにしろ、2000年代におけるロンドンのクラブ事情の変化はついネガティブにとらえられがちだ。fabricがオープンしたときにあったThe Cross、Canvas、Bagleys、Turnmills、Plastic People、The Endといったクラブは確かにもう無い（Leslie曰く「どれもライバルとは見ていなくて、強力な仲間たちだと思っていた」）が、まだXOYO、Phonox、Corsica Studios、The Hydra、Oval Space、Bloc、the Bussey Building、Ministry Of Soundといったクラブや、数え切れないほどの小箱が存在している。そしてそういったクラブの多くはfabricの閉店騒ぎがあったとき、助けの手を差し伸べていた。広報部長Kirsti Weirはこう語る。「他店のサポートがあったからこそどうにかなったんだと思う。私たちの身に起きたことは彼らにも起こりうることだから、他人事ではなかったみたい。そのおかげで、これまで以上に強い絆で結ばれたコミュニティーができてるよ」

だが、fabricのオフィスには不安感が充満している。営業再開をかけた法廷バトルでは、彼らも、相手方も、自分たちの言い分を必死に主張していた。無事、来年の再オープンが決定している今も、彼らの表情は晴れない。Andy Blackettは今の気持ちをこう言い表した。「いつになったら指を指されなくなるんだろうか？自分たちも他人に責任追及したことは認めるけどね。もっと団結して問題解決をするのはいつ始められるのだろうか？」Leslieは、警察と以前は良好な関係を築いていたことについて何度も言及し、今後、関係性を修復できることが最大の願いだと疲れた口調で言った。過度な期待はしていないが、ロンドン市長Sadiq Kahn、彼がnight tsar（夜の皇帝）に選んだAmy Lamé、そして市の文化省が、クラブと警察、議会との間のクッションになってくれるのではないかと彼らはプラスに考えている。タレントであるAmy Laméはただのシンボルみたいな存在ではないかという懐疑的な声もあるが、Leslieはきっぱりと言う。「重要なのは彼女だけじゃない。あのチームに関わっている人々が何人いて、どういった動きをしてくれるのかをしっかりと見つめる必要がある」

今後何が起きようと、アンダーグラウンドなサウンドを中心に幅広い音楽を届けるクラブとしてfabricが守ってきた信念はこれからも変わらない、という気持ちは誰もが同じだ。運営スタッフのひとりひとりはこの考えを体現しており、クラブの話と同じくらい興奮しながら音楽話で盛り上がれる音楽オタクばかりだ。Kimi Otsukaはもともとポスト・パンク、ニューウェイヴ、ミニマルなどが好みだったという。Kirsti Weirはテクノ・コレクティヴPlexの影響でDJ兼ブロガーとして活動を開始した。技術部長のKeith Reynoldsは思春期にエディンバラのPureというイベントのレイヴ熱にヤラれたそうだ。そしてHoundstooth運営のRob Boothのルーツは異世界的なエレクトロニカにある。それは、彼のミックスシリーズElectronic Explorationsや、彼が短期間で驚くべき人数のアーティストをまとめた、111曲入りのコンピ『#savefabric』を聴けばわかるだろう。

そういった彼らに共通するのは、fabricの心臓部にいるCraig Richardsという存在。土曜日のテクノ・パーティーと、金曜日のなんでもありな雰囲気との境界線を曖昧にし、Ben UFOともRicardo Villalobosとも居心地良さそうに共演できる彼は、不思議なことに、皆の大切なfabricでの想い出話に必ずと言って良いほど登場するのだ。

fabricに対して懐疑的な気持ちを抱いていたとしても、スタッフの皆と話をすればそんな考えは無くなるはずだ。もちろん、商業ビジネスである限りは、違法レイヴとは違って提供できないものもあるだろう。また、例えばグラスゴーのThe Archesなど、他のクラブも閉店に追いやられているにもかかわらず、fabricほど話題にならないのはおかしいという意見も一理ある。しかし、今年ロンドンのみならず世界中で多くの人々が、共通した使命感を持って一丸となったことは決して忘れてはいけない。元々#savefabricだったスローガンが#saveourcultureに発展したのも、無視できないことだ。リスクの伴う未来を見据えながら、準備を進めるfabricスタッフの疲労の溜まった表情を見て、そして彼らの背景を知って、営業ライセンス剥奪、ガサ入れ、薬物政策やIDスキャナーといったトピックだけでなく、クラブ・カルチャーを推し進める人々の根本的なモチベーションについても、世間でしっかりと議論されることを心から願うばかりであった。

fabricは実にユニークな歴史を歩んできたクラブだが、「これは私たちの文化だ」という仲間意識が芽生えた今回のことが示す通り、このクラブが象徴する信念は、古くからクラバーたちが抱いていた気持ちそのものだったのだ。最後は、fabricのスタッフの言葉で締めたいと思う。

Weir:「リラックスできて、一週間の疲れがとれるような素敵な環境。ちょっと緊張したり、シャイな気分になるかもしれないけど、最終的には開放的になる。私はここで、そうやって、長年の友人や親友に出会った。クラブと、音楽を通じて。そういう友情はすぐに崩れたりしない、強い絆で結ばれている。そういった友情が人の人生を作っていくんだと思う」

Leslie: 「fabricを救おうという運動が起きたとき、fabricに足繁く通ってた人じゃなくても、エレクトロニック・ミュージックが聴けるヴェニューがなくなってしまうことに猛烈に反対してくれる人がたくさんいた。こういった場所で、こういった音楽を聴いて、愛や尊敬心を持って、常識の範囲内で楽しもうとする人々にとって、そういった場がなくなるのは心から悔しいことなんだ」

Griffith: 「だから私たちのカルチャーはとても重要なの。人々にプラットフォームを与えているから。特に閉店問題が起きたとき、色々な人に言われたわ。“あなたたちのおかげで、今の私がいる”って。DJやプロモーターだけじゃなくて、ライター、TV関係の仕事の人とか。fabricみたいな場所に来ていなかったら、本当に自分がしたいことに人生を賭けるような勇気は得られなかった、ってね」

Chapter

04

fabric運営陣

in pictures

Chapter

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重要人物

Isis Salvaterra

fabric常連客

Isis Salvaterraの兄弟が亡くなったとき、ロンドンに他に家族がいなかった彼女は、故郷ブラジルに彼の遺体を連れて帰る必要があった。とてつもないショックを受けた彼女だったが、唯一気力を保てていたのは、またfabricのRoom 1に戻りたいという願望があったからだ。「友人や家族に支えてもらった、もちろん」と彼女は言う。「でもあの時の私が一番求めていたのは、あそこにいること。ロンドンに戻ったあとすぐにfabricに行って、DJブースの前で音を感じて、ホント痺れた。Craig [Richards] が最後の1枚をかけたあと、ブースから“大丈夫？”って声をかけてくれたとき、“うん、ここに来れば大丈夫”って答えた」

Salvaterraは14歳のときに家族とロンドンに引っ越してきた。The Fridge、Lostといったクラブに行くようになり、2002年のとある土曜日に初めてfabricに訪れた。それ以来、fabricで過ごさなかった週末は少ないと言う。「当時、まだ音楽の好みが完全に定まっていなくて」と彼女は話す。「ここは丁度良い場所だった。あと、fabric自体も成長していて、細かい変化はあるんだけど、結局は同じ、っていうところも好き。階段を降りてドアを開ければ、いつもと同じ気分が味わえる。Room 1に来ると、家に帰ってきた気がするの」

学生時代に政治や心理学を勉強し、公務員として就職をした彼女にとって、音楽はあくまでサイドプロジェクトであった。が、fabricに通い続けるうちに、次第に音楽にどんどんとのめり込んでいった。そしてスタッフやDJと仲良くなっていき、いつしかfabricファミリーの一員のように扱われるようになり、Judy Griffithと数年間ルームシェアをしていたことすらあった。「居心地の良い場所であるだけでなく、音楽を勉強できる場でもあった。今じゃ、来週のDJのラインナップを教えてもらえば、彼らの出演の順番を完璧に当てられると思う！」

最終的には、Salvaterraは我慢できなくなり、仕事を辞めて音楽の道に進むことに決意した。そして、イベント・シリーズ、ブッキング・エージェンシー、レコード・レーベルでもあるToi-Toiを立ち上げた。当初、音楽を生業にすることで“神聖なモノ”じゃなくなってしまうのではないかという不安を抱いていた彼女だが、今でも変わらず音楽に対して熱い心を持ち、fabricと共に働いている。「他のクラブでは、プロ意識を持って仕事をしなくてはいけないという考え方がどうしても堅苦しい雰囲気を作ってしまいがちなんだけど、fabricでは違くて。仕事に熱心でありながらも、お互いを家族のように扱って、愛情を持つことができるっていう考え方が当たり前なの。それって、本当の意味でのアンダーグラウンドな価値観なんじゃないかな」

Chapter

06

サウンドシステム紹介

Martin Audio, Pioneer

fabricの従業員全員がそうだが、クラブの再オープンに向けてKeith Reynoldsにはやることが山積みだ。特に大変なのが、照明や音響周りのスタッフを揃えること。以前いたチームをなるべく集めようとしているところである。fabricの話を人とすると、サウンドシステムの話題が必ずと言っていいほどあがるが、音響の質の良さはこのクラブの最大の魅力のひとつであり、特にRoom 1の音響設備はトップ・クオリティーとして知られる。サブベース・ドライバーが床下に設置されており、Andy Cの破壊力抜群なダブル・ドロップから、Ricardo Villalobosの壮大なセットのサイケデリックな音のディティールまでを最適な状態で届けるためにチューニングがほどこされている。

「PAのひとりで、早くこっちに戻りたがってる人がいるんだ」と言いながら、Reynoldsはスマイルする。「彼はここで7年働いてくれた人で、今受けてる別の仕事が嫌でしょうがないらしいね」

皆の準備が整っていることはとても重要なこと。Room 2には新しくPioneer Pro Audioのサウンドシステムが設置されており、26個のスピーカーがダンスフロアを囲っている。「フロアのどこに立っても同じように聴こえるんだ。それって、すごく大変なことなんだよ」。そして、営業停止に追いやられる1週間ほど前に、その週の金曜日に間に合わせるためほんの5日間という短い期間で、3人がかりで古いシステムを取り外し、新しいシステムを設置したときの話を、憤慨を露わにした表情で彼は話した。「他のクラブだったら1ヶ月はかかっていただろうね」

Reynoldsは80年代にクラブ遊びを始め、TwitchとBrainstormが主催したエディンバラの悪名高きPureや、グラスゴーのSub Clubでのイベントなどに通った。そして音響にハマり、腕を磨いた後、彼はバンドのPAをやるようになり、同時にMetalheadzなどのクラブ・イベントもやるようになった。「MetalheadzのパーティーでPAやれるような人だったら、即合格だよ。そこでPAやってた人がうちにいるけど、彼は面接なしで合格だったね」

2002年に、Reynoldsはフリーランスでfabricの仕事をやるようになり、それから出世し、去年技術部の責任者になった。平日、彼はDJと機材の打ち合わせをし、「出番直前に来たとしてもすぐに始められる」ようにするため、ソフトウェアはアップデートされ、必要なハードウェアは導入される。営業中は最大で7人の技術スタッフが稼働する。全ての部屋に照明と音響スタッフがひとりずつ配置され、ライブがあるときはその人数が増える。「何かトラブルがあったとき、別の仕事をこなしながらトラブルを対処しなきゃいけないことを考えたら、追加スタッフを雇っておくのは安全策として必要だと思うんだ」と彼は言う。「そのぶん費用がかさむけど、そのことについて文句を言われたことはないよ」。他のfabricスタッフも同じだが、彼にとってこの仕事とは、可能な限り質の高い状態を維持しながら、物事がスムースに進むようにすること、なのである。

Chapter

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ミックス

fabricを象徴するサウンド

レジデント、Terry Francisのミックス

1999年10月21日にfabricがオープンして以来、Terry Francisは、Craig Richardsと共に、ほぼ毎週土曜日にここでDJをしてきた。これまでの間fabricでは多数のDJが出演し、多様な音楽がプレイされてきたが、その中心にはいつだってこの2人によるディープで洗練されたグルーヴ主体のサウンドがあった。このミックスは、先週末ロンドンで行われた#Saveourcultureイベントでのプレイを収録したもの。20年以上のキャリアを誇るTerry Francisだが、そのセンスの鋭さはいっこうに衰える様子を見せない。

fabricのRAプロフィールページはこちら。In Residenceシリーズの詳細は、In Residenceページを参照。